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なぜ左派は負け続けるのか

なぜ日本の左派はこんなに弱いのか?ネトウヨが歴史を振返りながら考察するブログ

『東電撤退』の中間まとめ2

結局15日当日に撤退していた

3月15日に関する記事をググっていたら以下の記事が出てきた。


「英雄フクシマ50」欧米メディア、原発の作業員ら称賛
http://www.asahi.com/special/10005/TKY201103180477.html

 地震発生後には800人いたが、15日朝に4号機で火災があり、750人が退避。監視などのために残った50人が、フクシマ50になった。その後、新潟県の柏崎刈羽原発などからも応援が駆けつけ、交代しながら作業。送電線を引いて電源を確保する作業員も加わり、18日朝には総勢約580人になった。

原発作業員のほとんどが撤退し、必要最小限の人員だけが一時残ったことは『フクシマ50』などの話で知っていたが、その一時撤退が15日に行われていたことは初めて知った。(17日ぐらいだったとイメージで思っていた)。

菅が東電に怒鳴りこんでいた間に4号機が爆発し、その日のうちに必要最小限の人員を残して撤退していたという・・・ますます『東電全面撤退拒否』とか『東電怒鳴りこみ』が全く愚かで無意味な馬鹿騒ぎでしかなかった感が強くなった。


14日から15日未明にかけての具体的な動き

まとめということであらためて政府事故調の中間報告から『東電撤退』の15日前後に関する部分を引用しておく。


東京電力福島原子力発電所における自己調査・検証委員会 中間報告書
Ⅲ,災害発生後の組織的対応状況 p68〜p70
http://icanps.go.jp/111226Honbun3Shou.pdf

(2)福島原子力発電所事故対策統合本部の設置

a 福島原子力発電所事故対策統合本部の設置経緯
3 月14 日夜、吉田所長は、2 号機の圧力容器や格納容器の破壊等により、多数の東京電力社員や関連企業の職員に危害が生じることが十分懸念される事態に至っていたことから、福島第一原発には、各プラントの制御に必要な人員のみを残し、その余の者を福島第一原発の敷地外に退避させるべきであると考え、本店対策本部と相談し、その認識を共有した。
他方、清水正孝東京電力社長(以下「清水社長」という。)は、同月14 日夜、吉田所長が、前記のとおり、状況次第では必要人員を残して退避することも視野に入れて現場対応に当たっていることを武藤栄東京電力副社長(以下「武藤副社長」という。)から聞かされ、同日 15 日未明にかけて、寺坂保安院長等に電話をかけ、「2 号機が厳しい状況であり、今後、ますます事態が厳しくなる場合には、退避もあり得ると考えている」旨報告した。
このとき、清水社長は、プラント制御に必要な人員を残すことを当然の前提としており26、あえて「プラント制御に必要な人員を残す」旨明示しなかった。 東京電力福島第一原発から全員撤退することを危惧した関係閣僚らは、3 月15 日未明、班目委員長、伊藤危機管理監、安井保安院付らを官邸5 階に集めた。その場で、「清水社長から、福島第一原発がプラント制御を放棄して全員撤退したいという申入れの電話があった」旨の説明がなされ、仮に全員撤退した場合に福島第一原発がどのような状況になるのかについて意見を求められた。このと
き、参集した者らは、「全員撤退は認められない。」との意見で一致した。
その報告を受けた菅総理は、同日4 時頃、清水社長を官邸5 階に呼び、関係閣僚、班目委員長、伊藤危機管理監、安井保安院付らが同席する中で、同社長に対し、東京電力福島第一原発から撤退するつもりであるのか尋ねた。清水社長は、「撤退」という言葉を聞き、菅総理が、発電所から全員が完全に引き上げてプラント制御も放棄するのかという意味で尋ねているものと理解したが、その意味での撤退は考えていなかったので、「そんなことは考えていません。」と明確に否定した。これを受け、菅総理は、政府と東京電力との間の情報共有の迅速化を図

26<3月14日20時20分頃、清水社長は、同社のテレビ会議システムを通じて、吉田所長に対し、「退避については依然として検討段階であって最終決定していない」旨を確認し、認識の共有を図った。>

るため、政府と東京電力が一体となった対策本部を作って福島第一原発の事故の収束に向けた対応を進めていきたい旨の提案を行った。清水社長も、官邸との連絡体制を十分に図らなければならないと考えていたため、菅総理の提案を了解した。
同日 5 時 30 分頃、菅総理らは、東京電力本店 2 階に設置された本店対策本部を訪れ、本店対策本部にいた勝俣恒久東京電力会長、清水社長、武藤副社長その他の東京電力役員及び社員らに対し、自らを本部長とし、海江田経産大臣と清水社長を副本部長とする、福島原子力発電所事故対策統合本部(以下「統合本部」という。)の立ち上げを宣言した。
この立ち上げの経緯については、更に関係者からも確認するなどの調査を進める予定である。

政府の事故調は東電首脳だけでなく吉田所長にも聞き取りも行なっているので、14日に吉田所長がプラント制御に必要な人員を残し他を退避させることを考え、東電本店と相談していたことは間違いないと考えていいだろう。そして15日朝4号機が爆発し、必要な人員を残しての撤退は実際に行われた。

誤解したままパニックに陥り、官邸で清水社長と直接あったにもかかわらず、認識を共有できずに東電に乗り込み『全面撤退するな!』と叫んだ菅直人は一体何だったのだろうか。単に妨害してるだけにしか見えない。

初めから存在しない全面撤退という思い込みに取り憑かれ、東電本店に乗り込み大騒ぎをし(一部報道では一人ひとりに逃げようとしたのはお前かと指をさしながら詰め寄ったという話もでてきた参照)、今もって『私が東電撤退を阻止した』と言っている菅直人はかなり問題といえるだろう。

まあ政府の事故調の中間報告にも

この(統合本部)立ち上げの経緯については、更に関係者からも確認するなどの調査を進め
る予定である。

とあるし、議事録が公開される国会の事故調も菅直人らを参考人としてよぶ(参照)らしいので、藪の中な東電撤退阻止話の真相も近い内にはっきりするだろう。

まあ自分から見ればもう十分にはっきりしているのだけれど。笑