なぜ左派は負け続けるのか

なぜ日本の左派はこんなに弱いのか?ネトウヨが歴史を振返りながら考察するブログ

【政権交代】民主党を破滅へと導いたその左派性


民主党が完全に終わったようで、政権交代とは何だったのかといった総括的なものをあちらこちらで見る。
消費増税 衆院可決 政権交代が終わった日 東京新聞
http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2012062790070445.html

さよなら民主党 内田樹
[http://goo.gl/ys7I8}

ただどれもピンと来ないので、何故民主党政権が失敗したのかその原因は何だったのか民主党を批判的に見てきた立場から考えてみたい。


民主党政権を追いつめたもの

民主党政権は何故失敗したのか

色々原因はあるだろう。

しかし最大の要因は旧社会党から民主党が受け継いだその左派性にある。

より具体的に言えば『反米護憲主義』という矛盾した外交安全保障観であり

『負担なき高福祉』というポピュリズムである。


反米護憲主義と負担なき高福祉

日本には憲法9条があり、これが日本の外交安全保障政策を対米依存に拘束する要因となっている。しかし護憲派の人達は同時に反米を訴える。これは全く矛盾している。憲法9条を補完しているのが日米安保であるにも関わらず反米を掲げ、同時に憲法改正による自主防衛にも絶対反対の立場をとる。この現実から乖離し致命的に矛盾した外交安全保障観は左翼のアキレス腱ともいえる。

また負担なき高福祉の方だが、これは改めて説明するまでもないだろう。今でも社民や共産がよくいっている。高福祉を訴えながら消費増税には反対、庶民の生活を守れと訴える。55年体制時から変わることのない無責任な左のポピュリズムである。


民主党に流れる2つの潮流

民主党は96年に結成されたが、その時は旧社会党出身者が大半を占めていた。その後、新進党が解党し保守系の民政党新党友愛民主党に合流した。旧社会党出身者が多かった当時の民主党民政党新党友愛は政策的に相容れなかったが、選挙が間近に迫っているということで政策のすり合わせを『先送り』にして、とりあえず自民党と戦える規模の政党を急いで作り上げた。

そしてこの野合の結果、民主党には政治改革の時に自民党から飛び出た保守系議員らから受け継いだ『改革マインド』と旧社会党の影を引きずる『左派性』という2つの潮流が内部に流れることになる。

00年代前半、小泉改革と競うように民主党も『改革』を全面に打ち出していった。当時の民主党年金一元化や最低保障年金、消費税の年金目的税化など競争の敗者に対するフォローにも力を入れていたが、市場重視で自由競争を推進することで日本経済を強くしていくことをなにより基本としていた。地方分権、公務員改革・・・00年代前半小泉構造改革に追いつけ追い越せとばかりに民主党が改革に燃える中、旧社会党から受け継いだ『左派性』は有事法制などの安全保障関連法案などの時に極稀に姿を現すだけで殆目立たなかった。

しかし小泉政権が長期化する中、改革の痛みに耐えられなくなった人々の票が次第に民主党に集まり始め、また縮小する一方の社民共産に見切りをつけた左翼票も民主党に流れ込み始めていた。改革に燃える民主党の中では『左派性』が静かに大きくなり始めていた。


小泉改革バッシングとともに全面に出た民主党の左派性

長きに渡った小泉政権が終わり、安倍政権になると次第に世の中で小泉改革の反動が起き始める。民主党の中でも『左派性』が次第に全面にではじめる。そして07年の参院選。子ども手当2万6千など社会保障を手厚くする一方、民主党の一貫した方針であった『年金目的消費税』が消え、増税にも一切触れられないという『負担なき高福祉』がついにマニフェストに姿を現す。

そのマニフェスト民主党は07年の参院選に大勝利した。そして世論の間では小泉改革大バッシングの嵐が吹き荒れることになり、その結果民主党内でも『改革マインド』は一掃され、旧社会党から受け継いだ『左派性』一色に民主党は染まることになった。また野党共闘のために社民党共産党と協力したことも『左派性』の先祖返りを強めた。

そして問題のあの09年民主党マニフェストが生まれた。

子ども手当は2万6千円支給します。最低保障年金月額7万円を実現します。農家戸別所得補償します。高速道路も無料にします。中小企業の法人税を11%に引き下げます・・・そして『無駄削減と埋蔵金と予算組み換えで16.8兆円を生み出します』。

くらくらするほどの『負担なき高福祉』である。

一方外交安全保障政策では、在日米軍の見直しや東アジア共同体構築などを謳い、またマニフェストには載らなかったが、沖縄で鳩山代表が普天間基地の県外国外移設を訴えるなど左翼的反米色を全面に打ち出した。

政権交代の熱気が今までにないほどに高まりつつある一方で、民主党は『反米護憲主義』と『負担なき高福祉』という時代遅れの『左派性』に完全に蝕まれていった。

そしてこの時代遅れの左派性が政権交代後に民主党を崩壊へと追いやることになる。


民主党政権を破滅へと導いたその左派性

民主党が政権交代後どうなったか、多くの人の記憶にまだ新しいだろう。

政権交代を果たした民主党はまず『反米護憲主義』により外交安全保障で大きく躓く。普天間基地移設問題である。沖縄基地問題は憲法9条日米安保という奇妙な安全保障体制の歪みの象徴である。その非常にデリケートな問題の前で民主党と連立の社民党は完全に立ち往生してしまう。憲法改正して自主防衛するか、憲法9条を守る代わりに米軍の抑止力に依存し沖縄を生贄にし続けるか。アメリカのプレッシャーと沖縄県民の突き上げの中、民主党は迷走し社民党は『グアムテニアン』と馬鹿の一つ覚えのように喚くだけで無力だった。

結局、憲法9条日米安保体制維持とその代償として沖縄を生贄にし続けるという従来の方針を受け入れざるをえず、社民党は連立から離脱、鳩山総理は混乱の責任をとって辞任に追い込まれた。

また、この問題の時に日米関係にひびが入ったことで、日本周辺のパワーバランスが崩れ菅政権の時に尖閣沖漁船衝突事件と露大統領北方領土訪問を招くこととなった。そしてこの対応に失敗したことで菅政権も実質的に終了してしまう。一連の民主党による外交安全保障の失敗は憲法9条のもとで反米に走るとどういうことになるかということを我々にまざまざと見せつけた。

一方『負担なき高福祉』は民主党を深刻なジレンマに陥れた。2009のマニフェストは無駄削減と埋蔵金と予算組み換えで16.8兆円を生み出さなければ成立しないという時点で初めから『果たせない約束』だった。しかし『初めから果たせない約束』だったということを認めてしまえば有権者を騙して政権を奪取したということを自ら認めることになってしまい、政権交代の正当性がなくなってしまう。現実的には不可能、しかしそれを認めると政権交代の正当性が失われる・・・現実無視のバラマキを掲げてしまったゆえに、現実と政権交代の正当性が両立しなくなるジレンマに陥ってしまった。

そしてマニフェスト修正を図る執行部と正当性を守ろうとする反主流派に分かれるわけだが、そこに政権浮揚を図る菅直人が何度も繰り出した『小沢切り』によって生まれた非常に深刻な感情的対立も絡み終わりの無い党内抗争へと発展していくこととなった。

党内からの『政権交代の正当性を守れ』という激しい突き上げとともに、野党からも『全部修正するならあのマニフェストは詐欺だったということだ。解散しろ』と迫られ民主党執行部は立ち往生したまま求心力をどんどん失っていった。その結果、最後は野田総理が消費増税法案を通す代わりにマニフェストを事実上全面撤回し、政権交代の正当性が無かったことを自ら認めることになった。そして政権交代の正当性を守ろうとする反主流派との対立もここで決定的になり民主党は分裂することになる(今の時点ではまだしてないけど)。


民主党の失敗と左派の政治的終焉

小泉改革の反動の中で、結党以来引きずってきた旧社会党の『左派性』が民主党の主流になり、社民共産との共闘の中で先祖返りして、それが政権交代後に普天間問題やマニフェストを巡る党内抗争を招き、民主党政権を崩壊へ導いた。そして、これは同時に戦後左翼から影響を受ける左派というものが初めて現実に直面して木っ端微塵に打ち砕かれた過程でもあった。

社民共産を除き、もはや誰も憲法9条下で反米に走らないだろうし財源を無視した高福祉など言わないだろう。そして仮に高福祉を掲げれば高負担、つまり大増税を訴えざるを得ず、その場合選挙で勝つことはまず不可能なので高福祉を掲げる政治家もいなくなるだろう。

日本の政治は外交安全保障政策にしろ社会保障政策にしろ憲法9条や1000兆の国債などきわめて強い政策拘束要因に縛られている。そして左派の政策をこの拘束要因の中で実施するのはまず不可能である。民主党は体を張ってそれを証明した。

その意味で民主党の失敗は左派が現在の日本の置かれている状況下ではもはや存在しえない、政治的に終焉したことをあらわしているのである。