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なぜ左派は負け続けるのか

なぜ日本の左派はこんなに弱いのか?ネトウヨが歴史を振返りながら考察するブログ

【2012総選挙】野田が戦前の軍人にしか見えなかった件

選挙が終わった。

選挙中、特に印象的だったのが野田であった。

野田の言動は私に戦前の日本軍を連想させた。


奇襲で開戦

そもそも今回の選挙は始まりから戦前の日本を感じさせるものであった。

追い詰められた結果党首討論での電撃的な解散宣言は、同じく追い詰められた旧日本軍が奇襲によって開戦の火蓋を切って落とした真珠湾攻撃そのものであった。

そしてその後、展望が開けないまま頓珍漢な作戦を繰り返しジリ貧になって行き、最後は精神論を叫ぶ様も太平洋戦争を思わせた。


尽く失敗した民主党の作戦

開戦では大きな戦果をあげた野田民主党だったが、その後の作戦は尽く失敗していく。

まず党首討論勝利の二匹目のドジョウを狙おうと安倍vs野田の『党首力』勝負にかけようとした。

しかし与党党首が野党党首に『党首力』で挑む事は、2007年の参院選で『私か小沢さんか、どちらが首相にふさわしいか』と叫んだ安倍や所信表明演説で鳩山に逆質問を繰り返した麻生のように殆どの場合上手くいかない。

野党党首を攻撃する総理の姿から有権者は政権の実績に対する審判を少しでも逸らそうという与党の焦りを見透かすからだろう。

民主党は盛んに安倍を挑発したが、党首討論でダメージを負った安倍は勝負に乗ってこなかった。

『党首力』勝負に行き詰った野田民主党は次に自民党自体を激しく非難する作戦に出たが、結果としてデフレ脱却・景気対策といった自民党に有利な争点が最も大きな関心事となってしまった。自民党批判に邁進する野田は気づけば相手の土俵で戦わざるを得なくなっていた。

また国防軍にも野田は照準を合わせて攻撃したが、北朝鮮の衛星と中国の領空侵犯でそれも裏目に出る事になった。領空侵犯にかんしては中国の政権交代時に尖閣国有化した野田へのある意味意趣返し的な意味合いもあったのかもしれない。

ただこれらの失敗は野田が選挙前に犯した致命的な失敗に比べればまだ小さいといえる。

野田がやってしまった致命的な失敗。それは『TPP推進』である。


民主党王国を自ら壊した野田

↑の議席図は2005年郵政選挙のときのものだ。これをみれば北海道が民主党最大の王国である事が分かる。

無党派層が離反するのが確実だった今回の選挙、私は民主党が支持基盤の比較的強い北海道や愛知、京都などを必死で固めてくると思っていた。しかし野田は解散を宣言した直後、TPPが選挙の争点、TPPに反対の候補は公認しないと言い出したのである。

私は初めこれを聞いたとき『正気か!?』と思わず言ってしまった。

TPPは民主党最大の王国である北海道で反対の声が圧倒的に多い。候補者アンケートもそれを裏付けている。(参照

激しい逆風の中で民主党の牙城も自ら壊そうというのだ。まともとは思えなかった。さすがに反対の声が上がり公認云々はうやむやになったが、民主党にとってこの野田の判断は大きなダメージになった。

それは選挙結果を見れば明らかである。郵政選挙でさえ8議席を保ち民主党を支えた北海道は今回自民党が全ての議席を獲得した。民主党最大の王国は呆気なく崩壊したのである。

進め一億火の玉だ

打開策が見出せないまま、情勢調査で自民党圧倒的優位が報じられると野田と民主党幹部達は精神論を叫び始めた。

特に野田が火の玉とか言い出したときには少し笑ってしまった。

時事ドットコム

「火の玉となって最後まで訴えていけば勝機は出てくる。厳しい選挙だが、政治を前に進めていかなければいけないという思いを国民に共有してもらえると思う」と述べ、巻き返しに全力を挙げる決意を強調した。名古屋市で記者団の質問に答えた。 

言うまでも無く戦前には『進め一億火の玉だ』といったスローガンがあった。これを聞いたとき、本当に野田って戦前の日本軍に通じるメンタリティの持ち主なんだなと思わされた。

そんな野田が、自民党の安全保障政策を批判し『戦前に戻してもいいんですか!』と批判していたのも苦笑した。『戦前』の影はむしろ野田のほうが強かった。

最期は割腹自殺

民主党にとって厳しい結果となった。国民の審判であり、厳粛に受け止める。同志や有為な人材を数多く失い、痛恨の極みだ。政治は結果責任だ。最大の責任は党代表の私にある。結果を重く受け止め辞任する。

野田の敗戦の弁である。涙目で記者会見に現れた野田は民主党の罪を全て背負って腹を切った。それは戦前の軍人の姿であった。いやさらに遡り、侍の姿であったといえる・・・


とか書いていたらはてブにこんなものが上がっていた。

野田ってそんな駄目だったか?

野田は駄目だったのだろうか?

野田は耐える総理であった。我慢!忍耐!ど根性!それだけの総理であった。

耐える事が美徳とされる日本の価値観では良い総理となるのだろう。

しかし美徳と有能か否かはまた別の話である。有能か無能かで見れば野田は無能な総理であった。

党内で矛盾を解消する意思決定プロセスを確立できないまま反対派を皆追い出し純化路線に走った。その結果党は分裂し、純化路線で切り捨てられた北海道などの支持基盤も総崩れとなり選挙で壊滅的敗北を喫することになった。

はっきり言って他にやりようはあったように思う。選挙戦だけ見ても、党首力勝負のような空中戦に熱中せずに郵政選挙で勝ち残った議席を必死に守っていけば57という悲惨な結果にはならなかった。70-80ぐらいで止める事は十分可能だったと思う。

党を壊滅的敗北においやり、多くの仲間を失ってまで消費増税を通す事に価値があったのであろうか。

その手法も含めて野田の信念は本当に正しかったのだろうか。

これは人によるだろう。私には正しいとは思えなかった。私には民主党の落選した議員達は野田の独りよがりな信念の巻き添えになったようにも見える。

苦難に耐え信念に殉じ散る様は日本人の価値観からすれば確かに美しい。しかしその信念と実現の仕方が正しいかはまた別の話である。

戦前の大日本帝国軍人も散り様は美しかった。しかし彼らは間違った信念に基づき破滅へと突き進んだ。

野田佳彦ー彼は美しい総理であった、そして無能で哀れな総理であった。