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なぜ左派は負け続けるのか

なぜ日本の左派はこんなに弱いのか?ネトウヨが歴史を振返りながら考察するブログ

【政治】創価学会の致命的ミスと整う改憲環境

 

集団的自衛権行使「改憲経るべきだ」 創価学会が見解:朝日新聞デジタル

 公明党の支持母体である創価学会は16日、安倍晋三首相がめざす憲法解釈変更による集団的自衛権の行使容認について「本来の手続きは、一内閣の閣僚だけによる決定ではなく、憲法改正手続きを経るべきだ」として反対する見解を示した。20日から自民、公明両党の協議が始まるが、学会の姿勢が鮮明になったことで難航する可能性がある。

 

創価学会のコメント全文は以下のとおり。

 

http://mainichi.jp/shimen/news/20140518ddm002010074000c.html

私どもの集団的自衛権に関する基本的な考え方は、これまで積み上げられてきた憲法第9条についての政府見解を支持しております。したがって、集団的自衛権を限定的にせよ行使するという場合には、本来、憲法改正手続きを経るべきであると思っております。集団的自衛権の問題に関しては、今後の協議を見守っておりますが、国民を交えた、慎重の上にも慎重を期した議論によって、歴史の評価に耐えうる賢明な結論を出されることを望みます。

 

ここには集団的自衛権自体には反対せず、それを行使するための憲法9条改正ならば創価学会は同意すると書かれてある。

 

つまり今回、創価学会公明党憲法改正におけるキャスティングボードを自ら捨てたのである。

 

憲法改正を妨げる解釈改憲

私個人としては解釈改憲には賛成の部分と反対の部分があって複雑な気持ちを抱いている。

 

憲法改正のハードルが高い以上、東アジア情勢が緊張する中で緊急避難的に解釈改憲という形で限定的でも安全保障の選択肢を増やすことは理解はできる。

 

ただこれをやってしまうと逆に本筋である憲法9条改正が逆に遠ざかってしまうのではないかという懸念が私にはあった。『解釈改憲集団的自衛権を認めたんだからもう改憲する必要ないじゃん』という声が広がる可能性があるからだ。

 

解釈改憲憲法9条を空文化させるのも一つの手だろうが、徐々にそれを行っていく為には多大な政治資本が無ければできない。時間も労力も多く要する漸次的な解釈改憲よりも改憲で一気にやってしまうほうが私は良いと思っている。

 

それにこれが最も大きな理由だが、憲法自衛隊が明記されていないという異常な状況をまずただすべきだという思いがある。これはすごい疑問なのだが、護憲派立憲主義を守れとか騒いでいる人が多いけれど、彼らは自衛隊という暴力装置憲法に書かれていないという現状に不安を全く覚えないのだろうか。権力を縛るのが憲法、しかしその憲法上、自衛隊は存在していない。が、現実には世界有数の軍隊が日本には存在している。立憲主義云々と叫ぶなら改憲して自衛隊を明記すべしと言わなきゃ嘘じゃねえか、また自衛隊を認めつつ立憲主義を守れというのは矛盾していると私は常々思っている。

 

とまあこのように憲法改正を妨げる恐れがあるので私は解釈改憲には慎重なところがあった。

 

しかし不思議なもので、いざ解釈改憲に政府が踏み出そうとしたところ今まで改憲に慎重だった人々から『いや、むしろきちんと改憲しろよ』という声が上がり始めたのだ。

 

そしてそれの代表的なのが今回の創価学会のコメントである。

 

整う改憲環境

今回のコメントを見たとき私は『あ、創価学会やっちまったな』と思った。

 

現在の政治状況を考えると2016年の参院選改憲勢力プラス公明党で3分の2を占める可能性がかなり高い。また安倍晋三は当然憲法9条改正を最終目標としている。創価学会にとって『平和』の看板を問われる正念場は今回の解釈改憲でなく2016年後に現実味を帯びる憲法9条改正の場なはずなのである。

 

 自民党との連立維持と平和の看板を両立させようとする創価学会公明党には選択肢は殆ど無い。政府の方針を潰せば自公の間に亀裂が走り公明党は政治的ダメージを被る。しかし自民に唯々諾々と従えば創価学会がダメージを負う。どう転んでも傷つくことが避けられない公明党創価学会にとっておそらく唯一の選択肢は『解釈改憲を認めつつ、憲法9条改正に断固反対する』ことだけだ。解釈改憲を認めることで自民との連立を維持し、憲法9条改正に断固反対する事で平和の看板を何とか維持する。たぶんこれしかない。しかし今回創価学会は自らこの選択肢を潰した。連立離脱できない以上、『平和』の看板を守るカードはもう無い。

 

今回の創価学会のコメントは安倍晋三にとって渡りに船だろう。2016年参院選後、3分の2のキャスティングボードを握る可能性が高い公明党の母体創価学会憲法改正による集団的自衛権行使を容認した事で憲法9条改正の国会発議が俄かに現実味を帯びてきた。

 

まあ本当世の中予想がつかないもので、改憲のハードルが高いから筋悪の憲法解釈をやろうとしたところ逆に憲法改正の環境が整うというのは皮肉というかなんというか。今まで憲法改正に慎重だった人たちが『解釈改憲するなら改憲を』と叫びながら改憲への道をせっせと舗装しているのを見ていると滑稽というか意外というか複雑な感情を抱かされる。

 

確かに私は改憲派だけど、改憲への道をまさか改憲反対の人たちが作るなんて考えもしなかったよ。

 

 了