なぜ左派は負け続けるのか

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朝日新聞社長の首を飛ばした木村英昭×宮崎知己ー3年半に渡った東電撤退問題の結末

 

朝日新聞が「吉田調書」記事を訂正へ NHKニュース

吉田調書「命令違反で撤退」記事取り消します 朝日新聞:朝日新聞デジタル

 

吉田調書スクープに関しては大体予想通りな結果だった。吉田調書の一部分に飛びついて碌に裏づけを取る事も無く『命令違反』『撤退』とぶち上げたが、やはり他に根拠は何もなかった。

 

ただ情報が錯綜していた社長の進退に関しては事実上の辞意を表明することとなったのが少し驚きではあった。

 

福島第一の原発所員、命令違反し撤退 吉田調書で判明=おわびあり:朝日新聞デジタル

葬られた命令違反 吉田調書から当時を再現=おわびあり:朝日新聞デジタル

 

社長の首を飛ばすこととなったこの問題記事。書いたのが『木村英昭』であり解説を書いているのが『宮崎知己』という記者だが、この二人一体どんな人物なのだろうか。

 

木村英昭記者は驚くべき事に『プロメテウスの罠』第6シリーズの東電撤退問題を世に広く知らしめたあの『官邸の5日間』の筆者なのである。

 

つまり『東電撤退問題』を広めたのと同じ記者が吉田調書スクープで『命令違反で撤退した』と書いたのである。

 

一方、宮崎知己記者はプロメテウスの罠のデスクであった人物である。

 

彼らは一緒に原発事故に関する本を書いていたりする。

 

福島原発事故 東電テレビ会議49時間の記録

福島原発事故 東電テレビ会議49時間の記録

 

 

 

福島原発事故 タイムライン2011-2012

福島原発事故 タイムライン2011-2012

 

 

 こちらは木村記者単著。『官邸の5日間』に加筆したもの。

検証 福島原発事故 官邸の一〇〇時間

検証 福島原発事故 官邸の一〇〇時間

 

 

■吉田調書スクープの背景にあった事故調に対する不満

これは余り語られていない事だが、彼らが政府事故調の調書を手に入れようとしたその動機は一体なんだったのだろうか。

 

木村記者がインタビューでその辺りを述べている。

 

「報道の力で奪い返す」第13回早稲田ジャーナリズム大賞奨励賞・連載「東京電力テレビ会議記録の公開キャンペーン報道」木村英昭記者に聞く | Spork

―早稲田付近のカレー屋でこの企画を決めたそうですが、当時の思いを教えていただきたいです。

 決めたのは国会事故調査委員会(以下「事故調」)の最終報告がまとまる時期でした。それについて見聞きしてかなり不満がありました。本来取材はどういう報告がまとまるのかということを事前に情報をとって特ダネで書くというのが基本のスタイルです。そして彼らの主張や調査の内容が本当に正しいかどうかを検証します。 最終報告書が出たら、朝日新聞を含めマスメディアはあたかも報告書を正しいかのように報道するでしょう。そうではなく、マスメディアもジャーナリズムの責任として一次資料の自己検証に取り組む必要があると私は思っています。一次資料というのは、当事者の証言やメモなどですが、今回一番生々しく検証できると私たちが認定したのが東電テレビ会議の映像記録です。事故調の報告書でも中心的な資料として活用されていましたが、事故調任せにせずジャーナリズムの責任で検証すべきです。

国会事故調の最終報告書に彼らがかなり強い不満を抱いた事がきっかけとなり、報告書の元となった一次資料の自己検証が始まったと書かれてある。

 

また問題となった記事では解説で宮崎記者がこう書いている。

ところが、政府事故調は報告書に一部を紹介するだけで、多くの重要な事実を公表しなかった。中でも重要な「9割の所員が待機命令に違反して撤退した」という事実も伏せられた。

ここからも彼らの目的が政府・国会事故調の報告書を『検証』することにあった事が伺える。

 

しかし検証する動機が事故調への不満であり、それが何かを考えていくと、彼らの目的が事故調報告書の単なる検証ではなく彼らのストーリー(プロメテウスの罠)と異なる結論を下した政府・国会事故調の最終報告書を否定するためのものだったことが見えてくる。

 

 彼らが政府・国会事故調に抱いた不満とは?

 

■政府・国会事故調報告書とプロメテウスの罠と東電撤退

答えから言ってしまうとそれは間違いなくあの『東電撤退阻止』問題が事故調に否定された事である。

 

政府・国会事故調の最終報告書が出される際、一番もめたのがこの東電は撤退しようとしたのか、菅直人はそれを阻止して日本を救ったのかという東電撤退阻止の問題であった。

 

国会事故調の最終報告の場に朝日新聞の記者が大挙して押し寄せ黒川委員長に東電撤退について次々と質問を浴びせていたことを今でも良く覚えている。

 

その辺りの事は2年前にも少し書いた↓

『東電全面撤退阻止』のデマを広めた朝日新聞 その1 - 政局観察日記

『東電全面撤退阻止』のデマを広めた朝日新聞 その2 - 政局観察日記

 

朝日新聞原発事故検証の中心となったのが『プロメテウスの罠』取材班。その中心人物だった宮崎知己記者と木村英昭記者。そして木村英昭記者は『菅直人東電撤退を阻止して日本を救った』ストーリーを原発事故対応の核心に据えたあの『プロメテウスの罠』第6シリーズ『官邸の5日間』、それをさらに加筆して出版された『検証 福島原発事故 官邸の100時間』の筆者であった。

 

『官邸の5日間』を書いた記者が政府・国会事故調の最終報告書に強い不満を抱いたというならば、それは『東電撤退阻止』を事故調の報告書が否定した事以外ない。

 

葬られた命令違反 吉田調書から当時を再現=おわびあり:朝日新聞デジタル

 吉田氏は「退避を考えた方がいい」と東電本店にも電話で伝えた。

 「2号機はこのままメルト(炉心溶融)する」

 「放射能が第二原発に流れ、作業できなくなる」

 吉田氏からの深刻な報告に、東電本店は撤退準備を急いだ。福島第二原発への撤退のタイミングなどを盛り込んだ「退避基準」の作成や、緊急時対策室を第二原発へ移す検討を始めた。

 吉田氏は聴取で「清水(正孝)社長が撤退させてくれと菅(直人)さんに言ったという話も聞いている」と証言している。

 吉田氏も事故対応とかかわりの少ない人の撤退には動いた。下請け作業員を帰らせ、第二原発に移動するバスを手配した。「樋口君という総務の人員」を呼び、「運転手は大丈夫か」「燃料入っているか」「(バスを)表に待機させろ」と指示したという証言が吉田調書にある。

 福島第二への撤退準備は着実に進んでいた。後はタイミングだった。

 

木村記者が『撤退』に異様に拘っているのは問題の記事からも分かる。吉田所長が『退避』といったり『退避基準』とあるにも拘らず、あえて『撤退』という言葉を繰り返し使っている。吉田調書では吉田所長が『撤退なんて言いませんよ』とはっきり言っているにもかかわらず、である。退避を撤退に置き換えようとするかなり悪質な意図を感じる。

 

また木村記者のインタビューで彼の報道姿勢を伺える箇所があった。

「報道の力で奪い返す」第13回早稲田ジャーナリズム大賞奨励賞・連載「東京電力テレビ会議記録の公開キャンペーン報道」木村英昭記者に聞く | Spork

 ―事故から2年半以上経ちましたが誰にも責任が追求されていません。報道者としてどう思いますか。

 異常ですよね。原発事故は日本のジャーナリズムにとって2度目の敗北だと思います。一つは、戦争を止められなかった、アジアに侵略したということです。ジャーナリズムはここで一度敗北しています。今回は、結果として原子力発電所の事故を招いてしまったという意味で2度目の敗北です。原発事故は戦争と同じではないでしょうか。戦争の責任はだれも取っていませんよね。一億総懺悔という言葉がありました。国民みんなが悪いんだ、みなさん手を繋いで一緒に責任取りましょう、という。今回も誰も刑事責任を問われていません。これを許してしまっているのが僕たちですよね。ジャーナリズムはそれを許していいのでしょうか。

 

原発事故を起こした東電は悪であり、彼らの罪を問う事こそがジャーナリズムの仕事であると考えていたようだ。

 

原発事故を起こしながらも情報を隠蔽する悪の東電とそれを追及し暴く正義のジャーナリズム。こういう二項対立と悪を罰するべきという正義感が彼らの根本にあったと考えれば『官邸の5日間』や『吉田調書スクープ』で東電側関係者の証言が殆ど無かった事にも納得がいく。悪である東電の関係者の証言など彼らにとってみれば価値の無いものだったのだろう。

 

■まとめ

これらをまとめるとプロメテウスの罠から吉田調書スクープに至る経緯はこうなる。

 

木村英昭記者と宮崎知己記者には原発事故を起こした東電は悪であり彼らの罪を問わなければならないという思いがあった。これが『プロメテウスの罠 官邸の5日間』という官邸側の主張に従った東電撤退物語を生み出すこととなったのだが、東電側証言も取り入れた政府・国会事故調ではその偏った物語は否定される事となった。

 

それに対して不満を抱いた木村記者と宮崎記者は政府・国会事故調の報告書を否定する目的で報告書の一次資料の検証を行うようになった。まずは東電テレビ会議録画。そして吉田調書である。

 

そして彼らは見つけた。吉田所長が「本当は私、2F(福島第二)に行けと言っていないんですよ。福島第一の近辺で、所内にかかわらず、線量が低いようなところに1回退避して次の指示を待てと言ったつもりなんですが、2Fに着いた後、連絡をして、まずはGMから帰ってきてということになったわけです」と述べているのを。

 

彼らは飛びついた。これこそ彼らの求めていたものだったからだ。やはり撤退していた東電の罪とその事実を隠していた政府事故調

そして吉田調書スクープ第一弾として華々しく打ち出されたのが

福島第一の原発所員、命令違反し撤退

葬られた命令違反 吉田調書から当時を再現

 という二つの記事であった。自分達の物語の正しさを証明し事故調の報告書を否定する彼らの一次資料検証の目的は果たされた、ように見えた。

 

しかし当時の現場の動きを知る者からすればこの報道は異様であり、また裏づけとなる当時現場にいた人間の証言も一切無かった事によりあちこちから疑義がなげかけられることとなり、今回の結末に至ることになった。

 

私の感想としては、東電撤退阻止という物語が事故調によって否定された為に、非常に限られた人間しかアクセスできない一次資料を使って自分達の物語に沿うように世論を誘導しようとした木村記者と宮崎記者の行為は明らかにレッドカードであり、批判の高まりによって朝日新聞が彼等を処分する事になったのは一先ず良かったと思う。

 

 ただこれも言いたい。今回の件は二人の記者だけの問題ではない。東電悪玉物語なら何でも良しとする朝日新聞や社会の空気が彼等をスター記者に押し上げたからだ。プロメテウスの罠の時点で木村記者と宮崎記者は偏った記者であることは明らかだった。特に木村記者の原発事故対応の記事は官邸の言い分しかない偏りすぎなものだった。それを批判するどころか賞賛し彼ら二人をスターにしてしまったのが今回の吉田調書スクープ誤報の根本の問題なのである。

 

 

 原発事故から3年半、東電撤退阻止という話に疑問を抱きずっとヲチしてきたけれどもまさか朝日新聞の社長の首が飛ぶ結末になるとは思わなかった。笑

 

初め吉田調書スクープを私の認識と全く同じと騒いでいた菅直人細野豪志とか『今回の記事も歴史の検証に貢献しうるものだと思います』と賞賛していた福山哲郎とか、ねえ、どんな気持ち?のaaな気分だが、まあもうどうでもいい。笑

 

木村英昭記者のツイッター垢も消えたし、彼ら二人にはこれから厳しい処分が下されるのだろう。『検証 福島原発事故 官邸の100時間』といった木村記者と宮崎記者の書いた本なども絶版になるのだろう。そして二人が最も深く関わった『プロメテウスの罠』の物語も今回の件で黒歴史化していく事になるのであろう。

 

3年半、東電撤退阻止という話に疑問を感じて色々ヲチしてきて、何でこんな変な話をみんな信じるのだろうかとイライラすることも多かったけれど、まあ今となってはそれもいい思い出。

 

確かに原発事故を起こした東電は批判されるべきだが、東電を批判すれば賞賛されるからと言って歪曲や捏造までするのはよくないというのがこの3年半の私の主張だった。そして今回の吉田調書誤報はその点を世間から批判されている。

 

まあしかし本当に良かった。落ち着くところに落ち着いた感じがする。記事を書いた記者は処分され、朝日新聞の社長は辞意を表明した。記者の関わったプロメテウスの罠にも疑問が投げかけられている。そして何よりもはや誰も東電撤退などと言わないだろう。

 

終わり方としてこれ以上のものはない。